漆芸の沼

うるし徒然―蒔絵筆のはなし―

世界で一番細い線を引くことが
できる蒔絵筆

蒔絵、漆絵、金継などは
蒔絵筆あってこそ幅広い表現が
可能です

製作には稀少な材料と熟練の技が必要で
それ自体が工芸品と言える品です

毛はもちろん
軸も自然素材で作られます

高級品は隙間なくぴっちり加工され、
うっとりするほど美しいものです

蒔絵筆の原料になるネコ

蒔絵筆の材料

もっとも重要な穂先の毛は、
イタチ、ネコが一般的

ネコの毛は「玉毛」と呼ばれる
白ネコの背中から肩の毛
冬毛が最良とされます

蒔絵筆の原料になるネコの玉毛

三毛猫の背中の毛
白い毛だけ太いですね

白毛はメラニン色素が無いため
固くコシがあります

黒い毛は細くやわらかいです


昔はネズミの毛も使われたそうですが
ネズミを捕獲し毛を売る人がいなくなったため
ネコの毛で代用するようになりました


基本的な蒔絵筆を
根朱替(ねじがわり)筆と言いますが
↓ネズミのかわり
↓ネズガワリ
↓ネジガワリ
↓根朱替(ねじがわり)
となったと言われています


かつては三味線製作などで
ネコの皮革を利用する文化がありましたので
国産でまかなっていましたが、
現在は中国からの輸入に頼っています

新型コロナウィルスで
繰り返し報道され皆さんの記憶に
残っている武漢の市場

あのような野生動物の取引は
かつての日本にもありましたが
現在はなくなりました


ネコの毛は中国からの輸入に頼る現状ですが、
動物愛護団体などからの監視で
中国内の流通も漸減し
年々入手が難しくなっているそうです

製作サイドの方から
「昔ほどいい毛が入ってこない」
という言葉を聞きます

コロナウィルス流行は
それに拍車をかけるでしょう


漆刷毛を製作されている
泉清吉さんでは、長年かけて原料の
人毛ドネーションを呼び掛けてこられました

最近は猫を飼っている方が多いので
ネコ毛ドネーションをしたら
集まりそうな気がしますが…

ひとつの可能性として注目されましたが、
一部の用途に使用できるものの
繊細な曲線や極細線を描くには
厳しいものがあります

弘法は筆を選ばず 
とはゆきません

蒔絵筆の構造

目的に合わせて調節できるよう
4つのパーツに分解できるのが
特徴です

「引き通し」
「サス、サズ」などと呼ばれます

穂先の長さは、
  ・細い線を長く引く → 毛先を長く
  ・筆先の小回り重視 → 毛先を短く

金継ぎをされる方は
12~16㎜がちょうど良いでしょう

最初に使う前
割れやすくデリケートな軸をやさしく持って
糸をしっかり握り、そ~っと下へ引きます

軸の耐久性を考えると
長さ調節は、使用前の1回だけが無難です

特に、後述する熊野筆は
1回きりの調節を前提に
キツく作られています



蒔絵筆の種類

穂先の太さ、毛の長さや質で
いろいろな種類があります


通常、最初に揃える基本の筆は以下の3本です
根朱替は「ねじがわり/ねじゅがわり」と読みます

村九産の蒔絵筆
赤軸根朱替
黄軸鶴書
黒軸丸筆中

村九さんの蒔絵筆

上から
赤軸根朱替
黄軸鶴書
黒軸丸筆中


梨地や螺鈿、研出蒔絵などでは
広い面積に対応する
溜刷毛(だみばけ)が必要な場合もあります


平成の間に
蒔絵筆製作者の相次ぐ廃業があり
現在、専門家用の蒔絵筆を製作している工房は
 ・京都の村九こと村田九郎兵衛さん
 ・名古屋の久野さん
二軒となりました

上述のような原料の入手困難や
手作業で量産できない性質のため
製作が需要に追い付いていない状態です


特に、
村九さんの筆は品薄で
簡単に入手できない状況が
何年も続いています

久野さんの筆は
箕輪漆行さんのネット販売で
比較的コンスタントに入手できますが
今までに何度も品切れになりました

「また今度買おう」
と思ったら買えないことがあります


ちなみに、箕輪漆行さんで販売されている
「大野蒔絵筆」は、
既に廃業された故大野さんの筆です

また、
書道用やメイクブラシで有名な
広島県の熊野でも、蒔絵筆を作っており
デパートの催事で販売されている
ことがあります

試しに購入し、
引き通しを完全に引き抜いたところ
穂先がばらけてしまった苦い経験があります

電話で問い合わせると
一度切りでそーっと引いて
ここだ!
というところで止める仕様だと
教えてくれました

「熊野の一方通行」
覚えておいてください


さて、
上にご紹介した
村九さん、久野さんなどの蒔絵筆は
いわばブランド品で
上級者およびプロ向けです

基本的な筆の手入れが身に付くまで
初心者~中級の方は
ノーブランドの蒔絵筆でじゅうぶんです
最近は、漆屋さんで販売されています

靴と一緒で
良い筆は新品でもかなり使い心地が良いです

安い筆は、こなれるまで使ってなじませる
必要がありますが
はじめは中塗り用にするなど
気長に育ててゆけばよいのです


筆は漆で固めてしまったり
変なクセがついてしまうと
使えなくなります


稀少な品であるだけに
大切に 大切に使いましょう

蒔絵筆の製造

ウン十年前、学生時代に
村九さんの工房を見学させて
いただいたことがあります

一日中座りっぱなしの
たいへんなお仕事だと思いました

筆製作はまず、毛の処理から
分別・選別
脂抜き
クセ直しを経て
毛先を揃えたり梳いたり…
最後にようやく毛束を糸で束ねて
毛先が完成です

それから軸の制作となり
かなり根気のいる作業です



久野さんのHPには、製造工程が
詳しく紹介されています


製作者の方が直接発信する情報は
貴重です



蒔絵筆の使用

動物は髪を切りませんので
毛先はすーっと先細で
「水毛」と呼ばれます


水毛のおかげで
奇跡のように細い線が引けるのです

ところが、
水毛はとってもデリケート
乱暴に扱うと傷んでしまいます

蒔絵筆を使う時、洗う時に
「水毛=毛先をさわらない」

これが筆を長持ちさせる秘訣です


それから、
筆先に油を含ませてしまいますが、
その油を拭いてしまう人がいます

気持ちはわかりますが…
たっぷり含ませたままが安全です

太筆や溜刷毛など出番が少ないものは
半年以上しまいっぱなしになる
かもしれません

サラダ油やナタネ油も
いつかは固まりますから
ときおり油で洗いなおして
鮮度を保ってくださいね


ところで、
教室や学校で
高価な蒔絵筆を買わせておきながら
手入れの仕方を満足に教えない人が
いるそうです
そんなのは先生でも何でもありません

蒔絵筆の購入

蒔絵筆はいったいどこに
売っているの?

ネットで購入できる
ショップの一部をご紹介



漆屋さんなら・・・
堤淺吉商店(京都の漆屋さん)
  ・ブランド蒔絵筆:村九さん、久野さんの筆
  ・ノーブランド蒔絵筆(OEM)
  ・化学繊維筆(代用筆)

箕輪漆行(越前の漆屋さん)
  ・ブランド蒔絵筆:久野さん、大野さんの筆
     ※故・大野さんの筆は在庫限りです
  ・ノーブランド蒔絵筆
  ・化学繊維筆(ナイロン)
 

知る人ぞ知る・・・
清晨堂
 日本画用の筆製作所で
 蒔絵筆も手掛けています
 ※引き通しではなく固定式

 玉毛なのに安価でタマゲます
 安いぶん、
 しばらく使って慣らさないと
 調子が出ませんが・・・
 練習用には良いかも
 


●?????
 もう一軒
 お気に入りの筆がありますが
 博多漆芸研究所およびKintsugi Japanの
受講生さんに使っていただいています

用途、使う人、教える人によって
良い筆の条件は異なります

上記はあくまでも博多漆芸研究所の
感想ということで参考にしてください




 


さいごに

蒔絵、金継ぎ、書道、絵画など、
筆を使うプロの間では常識ですが
 自然素材で手作りされる筆には
 当たり外れがあって当然です

 

 プロは一度に数本購入して
 1軍・2軍に分け
 用途に合わせて使い分けます

 使いながら育てて
 勝負筆に昇格するのは
 5本に1本ぐらい


 初心者さんはまず、
 安い筆で練習して
 扱いに慣れたら
 ワンランク上の筆に買い換えましょう
 
 そして、
 古い筆は金継の下塗や
 含浸や粉固めなど
 筆先が傷みやすい工程用にします

 時間とともに
 良い筆は確実に減っています


 何度も言うけど
 筆は大切に使いましょう