漆芸の沼

こくそわたのはなし


漆芸で、木地の傷、隙間を補修する際や、
金継ぎで欠けをなおすとき
スイカの種ほどなら「錆(さび)漆」で埋めますが、
より大きければ、刻苧漆で埋めます


現在一般的に使用される「こくそ」には
「木屎」と「刻苧」の二種類があります

■木屎
<材料>
水・小麦粉・漆・ヒノキ木粉

■刻苧
<材料>
水・小麦粉・漆・木粉・こくそわた


木屎は仏像彫刻など、木工業界で使われ、
漆芸、金継ぎをする我々が使うのは
刻苧のほうです

木粉はヒノキ、ケヤキ、ツゲなど
油分が多くなければOKで
特に決まりはありません

他に、
奈良時代の仏像に使われた「抹香漆」が
知られていますが、
その材料については諸説あります


近年の研究
正倉院に収蔵されている伎楽面の制作に
「楡こくそ」が使われたことが
明らかになりました


これは、楡の木の内樹皮を粉末にして
水練りしたものに漆を混ぜますので、
「木屎」ですね


楡の樹皮を水に濡らすとネバネバするので
それを利用したようです


工藝素材研究所
というブログに、楡木屎を実制作した様子が
紹介されていました


やってみたい!
と思いましたが
ニレの粉末をどうやって入手したものか…

六本松の裁判所横にアキニレが
植わっていました!


まさか勝手に樹皮をはがすわけにはいきません💦


調べたら、あった!

アカニレというニレ属の木の粉末
薬用ハーブとして売られていたので、
さっそくポチりましたww



寒い季節は刻苧が膿みやすいので、
金継ぎに応用できるか試してみようと思います


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平安時代の『延喜式』には楡木(にらぎ)という
漬物の記述があり、
楡の粉で野菜や蟹や鯛を漬けたそうです

楡といえば、
万葉集 巻十六に「乞食者の歌」という
読むたびに胸が締め付けられる悲しい歌が
収録されています


大君(王)に呼ばれて
愛する雌鹿を残したまま赴いた先で
皮を剥がれたり
刺身にされたりして利用される雄鹿

隠れ住んでいたところを
大君(王)に呼ばれて
塩漬けにされる葦蟹


乞食者(ほかいびと)とは、
漂白する芸能者
吟遊詩人のような人たち

鹿や蟹をモチーフに
権力から搾取される側の苦しみを
詠います


その中に
楡の皮を干して臼で挽いた粉と一緒に
蟹を塩漬けにする場面が出てきます


あしひきの
この片山の もむ
五百枝剥き垂れ
天照るや 日の異に干し
さひづるや 唐臼に搗き
庭に立つ 手臼に搗き
おしてるや 難波の小江の 初垂りを
からく垂り来て 陶人の 作れる瓶を
今日行きて 明日取り持ち来 我が目らに
塩漆りたまふ
ときにはやすも ときにはやすも

全文読みたい方はこちら


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さて、
実際に使っている刻苧漆
材料の分量はこのくらい



つなぎで刻苧綿(こくそわた)を
ほんの少し入れます


ところで
「苧」ってなんだろう?



「お」「を」で
苧や麻を指すようですね

麻と呼ばれる繊維群は
ジュート麻、マニラ麻などたくさんありますが、
現在、日本の原材料表示で「麻」と
表記できるのは、以下の2種類です

■苧麻(ラミー) イラクサ科の多年草
■亜麻(リネン) 亜麻科の一年草


苧麻(ちょま/苧=カラムシ)は熱帯原産で
日本列島での利用は古く、『日本書紀』に
衣料に用いたと記述があります

川べりや道端などに生える雑草で
葉の形が大葉によく似ています


いっぽう、
亜麻(リネン)は
衣服やシーツなどでおなじみですが、
日本では、1874(明治7)年から栽培
素材としては新しい…

漆芸材料の専門店では
灰色がかった繊維が「こくそわた
として売られています

漆屋さんにたずねたところ、中身は
亜麻(リネン)だそうです






【参考】
■正倉院乾漆伎楽面の構造・技法についての研究 ー試作・実験による考察ー
https://shosoin.kunaicho.go.jp/api/bulletins/36/pdf/0361001030


・・・
こちらラミーカミキリ


ラミーやムクゲを好むカミキリムシです

ごはんがいっぱいあるから食べものに困らんよ~♪
むしゃむしゃ